心の更生

心の更生には毒親とモラルハラスメントを乗り越えてバランスの良いプラス思考になることが大事。

モラルハラスメントの被害者たちは気付こう!
被害が深刻な被害者は、自分が被害者だと気がついていません。

自分で自分を育てるのです。 そうすれば、「悲劇のヒロイン」という 「演劇」なんか不要になります。 「悲劇のヒロイン」から 「人生の主人公」へと移行すること。

悩んで、苦しんで、最後に辿り着く解決法は「知らないことを知る」こと、
そして「本当の自分の感情を感じて生きる」ということ。

誰も頼れない人向け!極度の緊張や恐怖の克服法
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「毒親」もいれば
「毒子」や「毒祖父」もいるものです。

「毒子」と「毒祖父」が組んで
「毒親」を食い物にするパターンもあります。

※この話は相談を受けた時のことを
書いているのではありません。
完全な個人的なお話になります。

私自身、「毒子」に生まれて初めて出会ったとき、
正直ゾッとしました。

刃物で刺されるよりも怖い、
得体のしれない恐怖を感じたことがあります。

「毒子」は私利私欲のために、
自分の我儘を通すためならなんだってするような感じで
感情的な静かな脅迫をしてきます。

私が飼っている動物を預けた時、
餓死させられたこともあります。

(隣通し置いてある鳥かごで
忘れるわけもない毎日目の前で見る状況で
1匹には正常に餌を与え、もう1匹には餌をあげず)

他にも無数に恐ろしいこと繰り返すので、
私は限度を超えて手を出したことがあります。

そして、そいつの髪の毛の一部をバリカンで刈ったこともあります。
警察に行ったときに怒られたこともあります。
暴行罪になってしまう場合もあるんだよ…と。

こういったやり方は間違っています。
それは、よくわかっています。

だけど、ジワジワと長期にわたり色々され続けることで、
我慢の限度を越したからやりました。
別に、何の後悔もないですし、
その時の、防衛のための精一杯のやり方ですから。

相手は「嘘」と「演技」で、
巧みにコントロールして、証拠の残ったものに関してだけ、
しぶしぶ認めるけど、後で話を二転三転させる。

一度だけ、以前、うちに入ったことがありますが、
私は、その時に不審なことが起こらないよう警戒していました。

猫の飲み水に白い粉末状のものがびっしり容器に浮いていました。
うちでは猫の飲み水は最低1日2回は変えるので、
そんな白いものがびっしり浮いていることは1度たりともありませんでした。

そういった変なことが起こるのです。
当然、それ以外にはうちでは変なことは一度も起こりません。

書けないことが沢山ありますが、
私は正直「現代の悪魔か」と思うほどでした。

本人は、それが悪いとさえ自覚がないのです。
それどころか、自分を徹底して被害者だと言い張り、
自分が犠牲にしたものたちには、何も思っていない。
自分がやった「加害」に関しては隠蔽しようとします。

そして、猫なで声で「話を聞かせてほしい」とか
「成長したい」とか色々言いながら、
相手を釣り上げておいて、相手の傷を知っているから、
その傷を、ジワジワ刺していく。

そうやって「嘘」や「事実の歪曲」で
自分を「悲劇のヒロイン」に仕立て上げて、
周囲にも広めていくのです。

これだけは、手に負えない…。
私はそう思いました。

本人は根底から「勘違い」しているのに、
その「勘違い」に中々気づけないのです。

本人の世界では、
相手が傷つくことはわからない。どうでも良い。

つまり、無意識のうちの目的は、
おそらく「悲劇のヒロイン」になりたいのでしょう。

「悲劇のヒロイン」がひどい場合は、
「周囲からの同情」を求めています。

その為に、
わかってくれないと、嘘をついたり、事実の歪曲をして、
事実に基づいた嘘を入れ込んだストーリーを作ってまで
同情してもらおうとします。

そして自分で恨みの念を増幅させていくのです。

そのやり方で、動物が犠牲になったり、
馬鹿正直なタイプが犠牲になったりします。

私も、昔は馬鹿正直だったので、はめられたことがあり、
「悲劇のヒロイン」タイプの別の人に
「あなたはやりやすいんだよ」と
言われたこともあります。

つまり、私は馬鹿正直で、心が弱く、傷だらけだったので、
「悲劇のヒロイン」タイプからすると
簡単に利用できるということでした。

傷があり、その傷を徹底して差すことで、
私は、怒ることがあったので
その怒りを栄手に取って簡単に悪者にできるというわけです。

じゃあ、なんでそういった嘘つきは
「悲劇のヒロイン」になってしまうのか。

それは、実際に「悲しかった」からです。
「悲惨なことがあったから」なんです。

過去に、とても悲しいこと、悲惨なことがあったのです。
「悲劇のヒロイン」の人は誰にも分ってもらえない悲しみがあったのです。

自分でもその悲しみの正体をよく理解していません。
つまり、過去の未解決問題に直視する勇気がないのです。

だから、「人のせい」にするための「演劇」を行うのです。
そうやって「悲劇のヒロイン」になりたがるのです。

いいですか、「悲劇」とは辞書によるとこうです。

悲惨なできごとを描いた演劇。比喩的に、悲惨なできごと。

引用元:悲劇 – Google 検索

つまり、ストレートに悲惨な出来事を言えない、
または、本人も理解していないから、
それを「悲惨な演劇」として演じるのです。

つまり、利用しやすいタイプなどを巻き込んで、
過去の深い傷を「悲惨な演劇」として演じるのです。

そういったタイプは、詩や小説、イラスト、などのほうに
興味を持ちやすくなります。

「悲劇のヒロイン」は自分が「悲劇のヒロイン」であるために、
「悪役」を無意識のうちに作り出していきます。

でっち上げです。

でっち上げから、事実を作ることもできます。

自分を攻撃する悪役を、適切なタイプを刺激して、
傷つけて、悪役として作り出して、
自分が「悲劇のヒロイン」になるのです。

「悲劇のヒロイン」が嫌われるのも、
「悲劇のヒロイン」が無意識のうちに不幸を生み出していることが、
なんとなく感じるから、

影響を受けたくない人が
「悲劇のヒロイン気取ってんじゃねーよ!」と、嫌がるのです。

だけど、そんなことを言っても解決にはなりません。
「悲劇のヒロイン」の人も傷ついています。

過去に自分でも気づいてない、または、よく理解してない傷があり、
それを再現するために「悲劇のヒロイン」を演じ続けるのです。

いつまで?

それは、本人が自分の力で自分を救う日までです。

なぜか、

繰り返しますが、

「悲劇のヒロイン」の人は、
「周囲からの同情」を求めています。

同情とは、

他人の気持、特に苦悩を、自分のことのように親身(しんみ)になって共に感じること。かわいそうに思うこと。あわれみ。おもいやり。

引用元:同情 – Google 検索

これを

「悲劇のヒロイン」の人は、
周囲に求めています。

そして、周囲はどうか?

周囲は
「悲劇のヒロイン気取ってんじゃねーよ!」と、
思うのです。

つまり、みんな少しでも自分で自分を救っているから
「悲劇のヒロイン気取ってんじゃねーよ!」と思うんですよ!

じゃあ、そこで「かわいそうに…」と
「悲劇のヒロイン」の発する「嘘」や
「事実の歪曲」を信じる者って何なのか?

そう、「承認欲求」が強く自分を認めることが出来ない
メサイアコンプレックスを持っている可能性があります。

まだ病んでいる支援者、相談員、カウンセラー、教育者などが
メサイアコンプレックスの場合もあるのです。
だから無料で自分の承認欲求を満たすために、
「かわいそうに…」と釣り上げられる場合もあるのです。

「自分のことを認めてほしい人」と、
「悲劇のヒロイン」は、とても相性が良いのです。

そして、偽りの変な関係を作っていくのです。
その関係が、過去の「この記事」に書いたことです。

「悲劇のヒロイン」から抜け出したいのなら、
まず先ほどの同情の意味を理解してください。

同情とは、

他人の気持、特に苦悩を、自分のことのように親身(しんみ)になって共に感じること。かわいそうに思うこと。あわれみ。おもいやり。

引用元:同情 – Google 検索

悲惨だった自分を自分で理解し、自分に親身になってあげることです。
自分を思いやり、自分を大切に、自分をかわいそうだと思って、

自分で自分を育てるのです。

そうすれば、「悲劇のヒロイン」という
「演劇」なんか不要になります。

「悲劇のヒロイン」から
「人生の主人公」へと移行すること。

それが、
自分を取り戻すということです。

「悲劇のヒロイン」の人の根底には
「恐怖」があります。

とてつもない恐怖です。

自分で自分を見捨てて、
本当は嫌なものに迎合して恐怖しているのです。

誰か救って…

誰か救って…

誰か救って…

と待っています。

だけど、その自分を救うのは自分なんです。

その力も
自分で湧き起こすこともできます。

普段の時間配分を考えてみて下さい。

「悲劇のヒロイン」の人は
無駄に時間を使っているはずです。

そして、「妄想」や「欲望」に
逃げているのだと思います。

逃げることは必要です。

だけど、逃げ続けていると弱っていきます。

どこかで、前に進みだして、
現実を直視しないといけないときも来ます。

そうすれば「悲劇のヒロイン」から
「人生の主人公」へと移行していけるのです。

誰か救って…

誰か救って…

誰か救って…

と待っていても、寄ってくるのは、
承認欲求が強い、無料で相談に乗る偽善者の可能性があるんですよ。

本当に良い支援者は、
無料で相談には基本乗りません。

良い支援者だからこそ
「お金」と「時間」の大切さや意味を知っていますから…。

「人生の主人公」として生きる道は、ちゃんとあります。

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