心の更生

心の更生には毒親とモラルハラスメントを乗り越えてバランスの良いプラス思考になることが大事。

モラルハラスメントの被害者たちは気付こう!
被害が深刻な被害者は、自分が被害者だと気がついていません。

元いじめ加害者でもあるいじめ体験者が語るイジメの原理と解決法!

悩んで、苦しんで、最後に辿り着く解決法は「知らないことを知る」こと、
そして「本当の自分の感情を感じて生きる」ということ。

誰も頼れない人向け!極度の緊張や恐怖の克服法
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元いじめ加害者でもあるいじめ体験者が語るイジメの原理と解決法!

※この記事は不快に思うと思われる記載もありますのでご注意下さい。

いじめる人間といじめられる人間のどっちが悪いのか

 
いじめる人間が悪い?

それとも

いじめられる人間が悪い?

答えは「どっちも個別に問題がある」と私は個人的に思っています。いじめる側にはいじめる側の問題。いじめられる側にはいじめられる側にある問題。いじめによって法の裁きが必要な場合はそれを遂行したらよいのです。

そして、それ以外は「それぞれの個別の問題」であるということ。「区別」して考えないと根本解決など出来ません。

私は、過去、実際に「いじめられる側」、そして、「いじめる側」の両方の経験がある人間です。

そんな、両方を経験したことがある「いじめ経験者」の言葉ですので真剣に読んでみて下さい。私の願いはいじめられる人が減ることです。

過去に行ったいじめ

まず、私が行ってきたイジメは主に以下になります。

・動物を蹴っ飛ばす、殴る。
・後輩を電動〇〇(電動で動く〇〇〇〇〇)でハチの巣状態に〇った。体は〇〇〇〇けで俺を見ると震えていた。
・人前で全〇にさせた。
・知り合いの腕をカ〇ソリで〇った。
・人前でオ〇ニーさせた。
・携帯を使いまくって、名義も使いまくって払わなかった。
・わざと携帯を壊した。
・気に入らないだけで殴った。

他にもいっぱいあり、書けばキリがないくらいで、人間として腐っていました。

今は、180度変わり、こんなことは二度と死んでもしません。

過去にされたいじめ

そして逆に私がされてきたことを書きます。

・何もしていないのに先輩にボコボコにされた。
・電動ガンで顔面〇たれた。
・目が合うだけで殴られた。
・暴走族の幹部会に先輩が遅れると関係無い自分まで殴られた。
・小学生の時に目立っただけで鉛筆で刺された。

書けばきりがないけど、いじめを受けた者にはある特徴があります。

人は自分がされたことを再現する

いじめを受けた者は、「自分がされたことを弱いものに同じようにやる特徴」があります。

過去に虐められた経験がある者が賢くなって、ネットを使って「ネットリンチ」を行うこともあります。彼らも「過去の被害者」であり傷を負っている者です。そして、そんな彼らも「自分がされたことを弱いものに同じようにやる特徴」にぴったり一致します。

害を加えるか被るか

いじめ加害者というのは文字通り「害を加える者」です。

そしていじめ被害者は「害を被る者」と書きます。

これは、つまるところ、共依存関係に似ていて、互いに「」を「無意識のうちに必要としている」のです。「害」を「加える」か「被るか」の違いです。

害を被る者は、別の時に害を加える側にもなります。被害者と加害者は表裏一体なのです。

私は、両方を経験したからわかるのです。無意識のうちに「害」を必要とし「加える」か「被るか」なんです。

いじめだと認めないと連鎖する場合もある

まず、私は、自分がされたことを当時は普通だと思って、いじめとは思っていませんでした。
ですので、いじめは成立していません。表面的には。(実はこれが連鎖する原因にもなる)

しかし、心の奥では自分では気が付かない「傷」となっていました。その、自分では気が付かない傷が無意識のうちに他者を傷つけてしまうんです。

その、無意識のうちに「害」を「加える」時に、無意識のうちに「害」を「被る者」との間で、無意識のうちに確かめ合うようにしていじめは起こっていきます。

ですので「傷」は認めることが大切なのです。強がって傷ついていないフリがいじめを悪化させることに繋がる部分もあるのです。

子供たちの虐めの場合は、本人たちは、まだ思考も判断力も育っていない未熟な状態ですから、誰かが助けてあげなくてはいけません。

加害者を封じ込めてもいじめは形を変えて繰り返されるだけ

ここで間違ってはいけないのは、加害者を悪として終えようとすると、それが次にいじめを作り出すのです。どれだけ力と恐怖で加害者を封じ込めても、横からにじみ出るかのように次のいじめや虐待に繋がってしまいやすいのです。

加害者を封じ込めても、いじめは形を変えて繰り返されるだけなのです。現時点で誰もいじめをゼロにすることが出来ない。それが答えです。いじめは繰り返されるのです。その「ループを止めるまで…」。

いじめの連鎖やループを止めるには加害者を癒す

だから、ループを止めるために、いじめ問題を解決するには「加害者を癒すことが必要」なんです。「加害者を癒す!?ふざけるなよ?」と言いたくなる気持ちはわかります。

しかし、最初に書いたように、私の願いはいじめられる人が減ることです。そのことは理解していただきたいと思います。いじめを減らすために「加害者を癒すことが必要」なんです。

加害者は自分の心の傷に鈍感で、自分の傷に気が付いていません。だから、無意識のうちに他者を傷つけようとします。この本人さえよくわかっていない傷を癒せば、加害者は「害を加える必要のない者に変わっていく」もです。

「加害者」と「被害者」は表裏一体なのです。

いじめの問題は、どこで討論したって答えは出ません。

理由は、いじめる側と、いじめられる側を一緒にセットで考えてるから答えなんて出るわけがないのです。問題はそれぞれ別にあり、複雑です。子供同士のいじめの場合はそれぞれの家庭環境の影響も大きいです。それをセットで考えること事態間違っているのです。しっかり区別して考えなくてはいけません。

いじめる者はいじめる問題があり、傷が隠れています。その原因を見つけ出し、傷を癒して、自分が変わるしかないんです。

これらの問題は完全に別々に考えて解決しなくては解決はできません。

結局いじめる者もいじめられる者も「自分自身どうなのか?」ってことを中心で考える事ができない人間だから、いじめという陰険な世界へ入り込んでしまっているのです。

そして、いじめが起こる仕組みはなくならないのです。その仕組みを無くそうとしても無駄なのです。いじめの仕組みは人間がどうにかできるものではないからです。自然の力に逆らえないのと同じです。いじめの仕組みも言い換えれば自然の一部なのです。

無くすのではなく、自分がそこから抜け出すのです。抜け出すというのは「心の状態」のことを意味します。つまり、いじめ加害者と被害者の椅子に座らないような心になるしかないのです。

いじめと無縁の人もいる

ここで現実的に考えてほしい。実際に、世の中には「いじめと無縁の人」がいます。死ぬまでいじめられることがない人です。何故だかわかりますか?それが上記に書いた「無縁」だからなのです。

「縁が無い」ってことなんです。いじめと縁がなければいじめられないのです。「縁」について以下の引用文をお読み下さい。

結果を生じる直接的な原因に対して、間接的な原因。原因を助成して結果を生じさせる条件や事情。

引用元:縁(えん)の意味 – goo国語辞書

いじめの縁とは、いじめという結果を生じさせる間接的な原因が「いじめの縁」です。間接的というのは「”何かが間に入って結果を生じさせている」ということです。その「何か」が非常に重要なことなのです。

いじめと無縁の人には「間接的な原因がない」のです。いじめ加害者や被害者には「間接的な原因がある」のです。さぁ、ここからがいじめ問題の核心部分です。

いじめ問題の核心部分

いじめ問題の核心部分に触れます。先ほど、いじめ加害者や被害者には間接的な原因である「いじめの縁」があるとお伝えしました。

この「いじめの縁(間接的な原因)」を持っているのです。持っている自覚がないからわからないのも当然です。どこに持っているのか。それが潜在意識(無意識)の中に「いじめの縁(間接的な原因)」を持っているのです。

潜在意識(無意識)の中にあるものがいじめを生み出す

無意識は自分では自覚がない部分です。その自覚のない部分に「いじめの縁(間接的な原因)」を持っているのです。

これをどうにかしないことには「どこに行ってもいじめられる」という状態や、「どこにいってもいじめてしまう」という状態になるのです。

潜在意識(無意識)の中にあるものがいじめを生み出してしまうこともあるのです。間接的というのは「”何かが間に入って結果を生じさせている」ということ。

潜在意識(無意識)の中にある”何か”がいじめを「無意識のうちに引き起こしてしまう」のです。

その”何か”の正体は何?

その”何か”の正体は、「世代間連鎖」して受けついでしまっている価値観などです。「これだ」という1つのものではありません。説明など出来るほどのものではなく無数のものが複雑に影響し合いながら絡み合って働いているのです。

いじめを無意識のうちに引き起こしてしまう価値観などは他者のものです。絶対ではありません。心から「いじめたい」とか「いじめられたくない」と思う人は「自分のもの」でしょう。

しかし、いじめられたくないのに「どこに行ってもいじめられる」という状態や、いじめたくないのに「どこにいってもいじめてしまう」というのは他者の価値観を受け継いでしまっているのです。

それをどうにかしないことには抜け出せません。

どうしたらいじめを無意識のうちに引き起こさないように出来るのか

じゃあ、どうしたらいじめを無意識のうちに引き起こしてしまう価値観などを捨てることが出来るのか。

それは「本当の自分」を生きることです。本当の自分30%でしか生きていないと、残り70%は他者の価値観などを無意識のうちに持ったまま生きることになります。自覚のない他者の価値観が無意識のうちの言動に表れて、それがいじめを引き起こすのです。

当然、本人は「いじめられる理由なんかない」と思います。いじめる側も「なんか気に入らなかった」というだけです。根の部分からの影響が強くあるということに気がついていないのです。

本当の自分」を100%で生きれたとしましょう。他者の価値観などはないのですから、それが無意識のうちの言動に表れませんから、当然、いじめを引き起こすものがないのです。(本人が引き起こす気があれば別ですが)

いじめ被害者は加害者は、その他者の価値観から解き放たれることが大切なのです。きっと優しすぎたのだと思います。優しすぎる人ほど、知らず知らず他者の価値観を背負ってしまうものです。

いじめは連鎖する

いじめは連鎖します。

いじめ被害者も加害者も世代間連鎖での誰かの価値観などを背負っていて、それが間接的な原因となって自分では望んでいないいじめを引き起こしているかもしれないのです。

だけど、連鎖させない方法もあります。

それが「本当の自分を生きる」ということ。本当の自分を生きることで「連鎖を断ち切る」ことが出来るのです。虐めの間接的原因を無意識のうちに背負わないようになれたら、断ち切ることも可能なのです。

私からのお願いです。

いじめ被害者も、いじめ加害者も、

本当の自分を大切にして生きて、そして幸せになってください。

そうすることで、あなたに子供がいるのなら子供たちへ、いじめの縁を持たせることを止めることができます。

良い世代間連鎖を作っていけるかもしれないのです!

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(最終更新:2017年11月7日)コメント0件

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